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2009年8月

[文化] ロバート・M・フリン神父、帰天

多くの中高一貫校で採用されている英語の教科書『プログレス・イン・イングリッシュ』を書いたロバート・M・フリン神父が今年の2月に亡くなっておられたことを、今日初めて知った。

中坊の頃に通っていた進学塾ではこの教科書が採用されていたので、3年間散々悶絶させられた。練習問題や読み物や英作文を全問消化するだけで大変な思いをさせられたものだ。とは言え、今思うと、この本を主軸に据えた某塾の無茶苦茶なカリキュラムのおかげで(なにせ、普通の中高一貫校では一年に一冊というペースで上げてゆくものなのだが、この塾では週二回もしくは三回の授業で三冊を二年半で上げるというカリキュラムでやっ ていたのだ……)、外国語学習の要領を餓鬼のうちに散々叩き込まれた――と言っても過言ではない。ピアノの練習にたとえると、まるでアノン(ハノン)の練習曲を指まわりを度外視して可能な限り高速で弾き倒して指ならしをした直後に、いきなりベートーヴェンのソナタを気合いと根性で弾けというような、言わばコテコテの体育会的なアプローチだった。結局のところ高校受験では良い思いはしなかったものの、ヤナーチェクがモラヴィア民謡について書き続けていた、とても美しいとともにアクもとても強いがためにいつも涙を流させられるチェコ語の文章や作品で用いられている言葉としぶとく格闘し続けられているのも(執念深さだけは人後に落ちません)、中坊の頃の強烈な英語学習があってのことだと思う。そのような意味でも、フリン神父ならびに某塾で三年間にわたって教えて下さった英語の先生にはいくら感謝してもし足りない。

栗栖継氏もそうだが、十代の頃の生活を形作って来た優れた書物を著した方々が次から次へと亡くなっておられる。謹んで神父のご冥福を祈る次第である。

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[雑記] [音楽] 敗戦記念日にこそソウル・フラワー・ユニオン!

あっと言う間に8月15日になってしまいました。朝晩は涼しくなってきました。気持ちは否が応にも焦ってきます。今の心境を好んで聴く音源で喩えると、キリル・コンドラシンがモスクワ・フィルを指揮して録音したショスタコーヴィチの交響曲第4番や第10番のような感じがします。体はへたっているのに頭だけは妙にハイである一方で(おそらくは「アカデミック・ハイ」でしょう)、ドス黒い執念そしてほんの少しの怨念も腹の底でとぐろを巻いています。博論は遅くともあと2月半で仕上げないとヤバ過ぎます。修論提出時に経験した修羅場はもうこりごりですし。現時点では楽譜やビブリオや註釈込みで原稿用紙換算で480枚ほど書けておりますが、穴や更地のような箇所がまだまだ結構あります(博論を書くに際して、もしも世界最強の電脳文具たる GNU Emacs や TeX や LaTeX の使用が禁止などされてしまって、世界に冠たるマックロソフト(M$)社の偉大なるオフィススイートを使うことを強制されたとすれば――などとは、絶対に考えたくありません。引用文献の書誌情報をキーボード操作で一つ一つ本を見ながら手動で入力をしたり、楽譜やらを本文中に挿入する際に見舞われるであろうマウス地獄そして恐怖のクラッシュ地獄を頭に思い描いただけで、寒イボが立ってきますよ、ええ……)。

さて、今日は、敗戦記念日です。なので、下のリンク先の映像を大音量で流して周りの人といっしょに踊り狂いましょう(一人しかいない時にでも一人でタコ踊りをしましょう)。

海ゆかば山ゆかば踊るかばね(ヲタな方は、こちらもどぞ :-))

もしくは、このアルバムを買って大音量で流し倒すのも良いでしょう。

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[電脳] [Debian] [人文系ペンギン使いの憂愁] ロケールの変更ならびに mlterm の設定など

みなさんおばんです、偽ロシア人アレクサーンドル・ニコラーイェヴィチ・スローニンことナカムリャーコフであります。

昨日ようやく賃仕事先での夏期講習の前半戦が終わって一息がつけたので、懸案だったロケールの utf-8 化を行った。論文執筆や賃仕事先での授業で配布するプリントを作成する際に使っている Emacs や ptetex はすでに数ヶ月前から内部コードを utf-8 にしたものを使っているので、ロケールを euc のままにしている理由がなくなった。また、友人や知人からいただく DVD のファイルシステムが UDF を採用しているものが多く、ロケールを euc のままにしているといろいろ不便を起こすようになってきたということもある。ただ、普段酷使するアプリケーションの大半は utf-8 がデフォルトになっているとは言え、普段使いのアカウントでのロケールを完全に utf-8 にすると、kterm で仮名漢字交じり文がきちんと表示されなくなってしまう。もちろん、mlterm を使えばそうした問題は解決されることは、数年前から知っていた。だが、mlterm のフォント設定はわたしには非常に複雑なものであり、これまで望み通りの設定を行えたことがなく、インストールはしてもずっと HDD の肥やしという状態だった。ターミナルエミュレータの乗り換えとそれに伴う諸々の設定が面倒臭いという理由で、これまで本格的にロケールの乗り換えに躊躇してきたのだ。だが、いいかげん mlterm の設定を何とかしてみようと思った(現実逃避の一環でもある(苦笑))。

ともあれ、普段使いのアカウントのロケールを utf-8 に変更する際に必要な作業は、次の通りである。

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[文化] [研究] 栗栖継氏、死去

チェコ文学者でエスペランティストの栗栖継さんが今年の4月に亡くなっておられたことを、つい最近になって知った。大分以前にアップロードしたこの記事にも書いたことだが、わたしがそもそもチェコ人がものした文学作品に最初に接したのは、栗栖さんが翻訳されたチャペックの『山椒魚戦争』を読んだ際のことだった(音楽については、スメタナの『我が祖国』の第2 曲『ヴルタヴァ』を小学生の頃に耳にしていた。別にスメタナのこの曲を聴きたくて聴いたのではなく、通っていた近くの公立小学校の朝礼で校庭を掃除する際の BGM として使われていたのだ。今思うと、この小学校の放送部顧問を務めていた教師の音楽の趣味は、結構イッていた)。巻末の解説においては、外国文学の解説にありがちな当り障りのない通り一遍の話だけではなく、チャペックのこの作品が書かれた背景や社会主義政権下での彼の作品の受容に関する問題が、一介の中学生にも分かるように書かれていたことに驚かされた。さらに驚かされたのは、こうした問題に関する情報や文献は、現地のエスペランティストとの文通を通して得られたということも随所で明記されていたことである。

栗栖さんのこの翻訳本がなければ、わたしはエスペラントにも手を出さなかっただろうし、大学に入ってからロシア語やチェコ語に手を出すだけではなくヤナーチェクの研究などという馬鹿の極みのようなことを企てようとも思わなかったことと思う。もしかすれば大学院などという魔窟に身を落とすことなくカタギの仕事に就いていたかもしれない。それくらいにインパクトが強い本だったのだ。

最後になったが、栗栖さんのご冥福を祈る。

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[雑記] どうやら夏バテの模様

頭痛や腹痛や眩暈があまりにひどかったので熱をはかってみたところ、しっかり熱を出しておりました。早い目に寝ます。ストレスがたまる一方で、たまりません。昔からストレスの解消が下手で困っています。ずるずるとストレスやらネガティヴな想念を溜め込んでしまいます。名前は出しませんが、どこぞの芸術家気取りの馬鹿女のように「趣味、被害妄想」などとは逆立ちしても言えません。昔から被害妄想に駆られやすい性質なので、こういう能天気な言葉を初めて耳にした時には怒りで身がよじれそうになりました。

まあ、何と申しますか、いつものことながら生きてゆくことそれ自体が下手糞過ぎてげんなりします。何と言っても、ポジティヴ・シンキングの固まりのような人間や世間一般で言うところの「コミュニケーション」が大嫌いだというところからして、「ソーシャル・スキル」が極めて低いのでしょう。こういう性分は、たぶん死ぬまで治らないと思います。

何がともあれ、今日はもう寝ます。起きていると、下らない想念に駆られて余計疲れてしまいますし。

追記(2008/08/01): 2週間ぶりに賃仕事に臨みました。かなり気が晴れました。ご心配おかけしました。

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